工務店細胞が「建設」する深海のスカイツリー
建築と生物の形作り
以前、名古屋に住んでいた時に、住宅展示場に何度か行ったことがある。お目当ては、会場でファミリーを引き寄せるためにやっている戦隊ヒーロー物や、セーラームーン等の着ぐるみショー。入場料はいらないし、子供は喜ぶし、とても助かった。偶に、セーラームーンのコスプレをした不気味なおじさんが居たりして、社会勉強?にもなったりするのである。
家を見に行ったわけではないが、でも、着ぐるみショーだけで帰ってしまうのはさすがに申し訳ない。だから、展示されているモデルハウスもいくつか見学する。どのモデルハウスも、各ハウスメーカーが、持てる技術とデザイン能力の全てをつぎ込んだ、素晴らしいものである。広くて、豪華で、センスが良くて、機能的で、非の打ち所がない。見学したほとんどの人は、買いたくなってしまうだろう。しかし、いい気になって、「これいくらするの?」とか聞いてしまうと、突然、現実に引き戻される。「大学教授の家」というコンセプトのモデルハウスが有ったので、試しに見学させて貰ったことがある。吹き抜けの大広間は有るは、階段の壁がビクトリア朝の本棚になっているは、それはそれは素晴らしい家だった。予想はつくが、一応値段を聞いてみた。説明係曰く、「大学教授の家というコンセプトなので、多少贅沢になっており、建築費で1億円と少しです」とのこと。おまえな〜、ケンカ売ってんのか?現実の大学教授が、一体いくら給料貰ってるのか知ってるのかぁ〜〜、としばし文句を言ってしまいました。いや、大人げない事でした。。。。。
ただ、値段はともかくとして、見学をすると、工法や部材の違い(通常木材、プレハブパネル、鉄骨など)が、どの様に、それぞれの家の完成形に影響するのかを説明してくれるので、それがとても興味深かった。筆者の本職が、「動物の形がどうやってできるかを解明すること」、なので、ついつい比較してしまう。家の構造は、中に住む人が快適かつ安全に活動できるように作られる。一方、生物の個体の構造というのは、遺伝子を次世代に渡すための生殖細胞が、快適に安全に過ごせるように作られるのである。目的は同じだ。
建築っぽい工法で造られる生き物がいる?
生物の場合、細胞がその場で分化(あるいは移動してくる)し、細胞集団の形として特定の構造を作っていく。材料と作り手の両方が細胞なのである。組体操方式と表現するのが良いかもしれない。
細かい仕組みはバラエティがあるが、この組み体操方式は、ほぼ全ての形態形成現象に共通である、というか、こんなことはあたりまえ過ぎて、発生学者の意識も登らない。
一方、「建築」の方法はまったく異なる。材料は工場で規格サイズの物を大量生産し、トラックで運んで、それを大工が現場で組み立てる。当たり前だが、作業員は建築物の一部にはならない。材料が変われば、工法も変わる。木材で作れば東大寺の大仏殿くらいが最大であるが、鋼鉄という圧倒的に強度の大きい部材をくみ上げれば、スカイツリーのようなとんでもなく巨大な建築物もできる。施工した大林組のHPに行くと、鉄骨の組み方とかまで説明されているので是非読んでみてください。少ない材料で、最大の強度を出すために、計算されたやり方で鉄柱が組まれ、幾何学的に美しい造形ができる。いかにも「工学的」で、生物らしさは感じな
ところがである。このスカイツリーに似た骨格構造を持つ生物がいる。
冒頭の写真のカイロウドウケツである。
英語ではビーナスの花かご(Venus’s flower
basket)と呼ばれる深海にすむ海綿である。上の写真のように、全体的に筒状の構造を持っているが、その骨格を詳しく調べてみると、どうも、生物的な作り方ではなく、「建築的」なやり方で作っているようなのだ。
カイロウドウケツの工学的製造法
カイメン動物は、様々な形の骨片を体内に持っている。そのバラエティのすごさは、下の写真Aで良く解るだろう。カイロウドウケツの場合はこんな形(B,C)の4放射型である。
面白いのは、この4または6放射の骨片が、基本的に「規格品」であることだ。すなわち、個々の種においては、骨片の大きさ・太さ・形は、だいたい同じ。大量生産の建築部材のようだ。それをつなぎ合わせて固有の骨格を作るのであるが、つなぎ合わせ方法がまた「鉄骨の溶接」っぽい。電子顕微鏡画像(図)から推測すると、重なり合った2本の骨片の周囲に、新たにぐるぐるとガラスが積層されていき、一体化させている。
カイロウドウケツの基礎となる構造は、骨片の4つの先端を正方格子状につないでできる円筒である(図)。骨片の2つの先端がつなぎ合わされて、上下に針状構造をもつリングを作る。そのリングを重ねることで筒を伸ばしていくのであるが、連続するリングの針は、位相をずらして重ねてあり、2つ上、あるいは2つ下の針がぴったり重なるようになっている。重なった針は、その後「溶接」により一体化させることで、丈夫なガラス繊維の筒が出来上がる。
この図を見て、どう思われるだろうか?建設中のビルの鉄骨組みか、コンクリートを注ぐ前の鉄筋組みにしか見えないのだが。
リングの径を調節する方法がまたユニークだ。カイロウドウケツのチューブの半径は、底の方はやや小さく、上に行くにしたがって少しずつ大きくなっている。どうやって半径を変化させるか?
素直に考えると、
の2択だが、答えは、そのどちらでもない。カイロウドウケツは、接合するときの「重ね合わせ」の部分を調整することで、径の大きさを変化させているのだ。図のように、同じ大きさ・数の骨片を使っても、重ね合わせが大きいと半径は短く、重ね合わせが小さいと大きくなる。同じ部品を使って、任意の大きさのリングが作れるので、なかなか賢いやり方ではあるが、まるで、生き物っぽくない。
さらに、最初の正方格子に対し+45度、−45度の角度で、補強用のガラス繊維が加えられ、これも、「溶接」により、正方格子と一体化。
その上、外側に突出した構造が45度の螺旋を描いて、外周を回る。この螺旋は、薄い円筒構造だとふにゃふにゃと曲がってしまう危険があるので、剛性を増すためにあるのだろう。極めて理にかなった構造をしている。
というわけで、カイロウドウケツの骨格構造を作るやり方は、まるで、建設工事のようなのである。これを初めて知った時には、本当に驚いた。カイメン、すげーなー、と。しかし、ここで生物学者としては首をひねらざるを得ない。だれが、この複雑な作業をするのだ?もちろん、海の底には建設会社は無いので、細胞がやるしかない。しかし、細胞のやれることといったら、通常は、分裂したり、変形したり、移動したり、何かを分泌したり程度であり、組体操ならなんとか可能でも、建設工事ができるとは思えない。ほんまに、そんな有能な作業員細胞なんているのだろうか?
いるのなら、是非、その細胞が骨格を組み立てるところを見てみたいが、残念ながら、カイロウドウケツは深海生物であり、水槽中で成長させることはできそうもない。う〜ん、なんとかならないか・・・・
ところがである。最近このカイメン研究に大きな進歩が有った。京都大学の船山典子さんのグループが、カワカイメンという淡水産のカイメンを使い、一連の「建設作業員細胞」の働きをはっきりとした形で捉えることに成功したのである。
カワカイメンで作業員を見つける
カワカイメンは普通海綿綱に属する海綿である。
図に示すように、針状の骨片を立てて、テントの様に表皮を持ちあげて立体的な構造を作っている。骨片はカイロウドウケツ同様にガラス製であるが、形はシンプルで、両端のとがった針の様な放射の形である。個体内で、骨片の長さ・太さがだいたい均一であることはカイロウドウケツと同じ。(成長して大きくなった個体では、骨片も大きくなるらしい。)ありがたいのは、実験室で飼育できるところだ。そのため細胞の行う「建築作業」を観察することができる。
カワカイメンには、受精卵から始まる有性生殖の他に、幹細胞集団から個体を形成する無性生殖がある。「芽球」と呼ばれるコラーゲンの殻の中に数千個の幹細胞が入っていて、
高低温、乾燥などに耐性がある。本体のカイメンがシビアな環境で死滅してなくなってしまっても、環境条件が良くなれば、芽球の中で休止していた幹細胞が目覚め、殻に孔を開けてはい出してくる。芽球の殻の中からはい出してきた幹細胞はまず、上皮細胞に分化し、体の表面の袋状の上皮組織が形成され、その中にさらに幹細胞がはい出し、分裂・分化して、芽球の殻の周りに約1週間で直径役1.5ミリほどの機能的な個体を形成する(図ステージ2)
芽球からの個体形成の初期には、柱が無いので、細胞が重なり合ってできるだけの体の厚みしかない。カイメンは水中の有機物を濾し取って栄養をとる水管系という組織を体内に網目状に発達させる。この水管系という消化器官にボリュームがあった方が、よりたくさんの栄養を食べられるので、体の体積は大きくしたい。でどうするか。成長したカワカイメンを見ると、体の中にたくさんの骨片があり、それをつなぎ合わせて、まるでテントのポールのように上皮組織(単純に一枚の細胞シートと言うわけでは無いらしい)が支えられて、体内空間が確保されているのである。
で、問題は、誰がどうやってこのカイメンテントを作るか、だ。以下、船山さん達の論文の概要を紹介する。
カワカイメン細胞の分業体制
芽球からの個体発生の初期、まだ体の厚みが余りない時期に、最初に登場するのは、柱製造職人の骨片形成細胞である。骨片形成細胞は、EflSilicateinM1遺伝子を特異的に発現している細胞で、ガラスの棒(骨片)を一個の細胞内で作り始める。そして、骨片がある[NF2] 程度大きくなると、(どうやってかはまだ明らかになっていないが)細胞外に放出し、柱職人の仕事は終わる。さて、柱ができたら、それを立てる作業に入ると思いきや、実はそうでは無かった。
船山さん達は、骨片を蛍光で光らせる手法を使い、柱がどの様に建築作業に使われるかを、リアルタイムで観察した。すると、予想外なことに、骨片は作られた場所で建てられるのではなく、柱が建てられる位置まで、結構長い道のりを運搬されていくことが解ったのである。誰かが柱を運んでいる?そう、船山さんたちは、運び屋である運搬細胞(EflSoxB1を特異的に発現している)を同定することに成功した。運び屋は8個位集まって完成した骨片の中央付近に結合し、そのあと、まだポールが立っていないつぶれたテントの様な体の中の基底上皮組織の上をうろうろ動き回る。
上図は、骨片の動きの軌跡であるが、この運搬作業は結構長く続き、わざわざ、反対側に行ってから戻ってきて、結局、製造場所の近くに立てられる骨片もある。どうも、この運搬作業員たちは、どこに運べという指示は受けていないようだ。にもかかわらず、最終的にポール(骨片)が立てられる位置は、だいたい等間隔になっていることが多い。、つまり、何らかの方法で隣との距離を測り、近いところにポールを2本立てるという無駄を避けているようなのである。う〜ん、やるじゃないか。
さて、次はいよいよ、ポールを立てる作業だが、ここからが、作業員の腕の見せ所である。
まず、運搬細胞がやるのは、骨片を上皮組織に突き刺すことである。骨片の中央付近に結合している運搬細胞のところまで、ぐさっ〜〜と上皮組織に突き刺すのである。テントに穴があくのでは?と心配になるが、ご安心ください。穿いてますよ、じゃなくてちゃんと気密性は保たれます。実は、このカイメンテントの膜は2重構造になっている上に、突き刺すスピードがゆっくりなので、上皮組織の細胞シートに穴は開かないようである。
この時点まで、骨片は底面と平行で、完全に「寝た」状態である。次に、刺さった骨片の先端(体の外側に跳び出した方)がゆっくりと少し「持ち上がった」状態になる。ポールが立つと、テントの空間が広げられるから、かなりの力を発生しているはずだが、この工程が、どうやって起きるのかに関しては、詳しいことはわかっていない。作業員が誰なのかも不明である。次に、基底上皮細胞が立った骨片の基底側を固定する。骨片の近くの基底上皮細胞が、短鎖型コラーゲン(EflColS1)を産生し厚いコラーゲンマトリクスで柱の根元をがっちりと固めるのだ。これでポールはしっかり立ったことになる。(このあたり、言葉での説明が難しいので図を良く見て理解してください。)
さらに、骨片の中央附近に結合していた運搬細胞のところまで刺さっていた上皮組織が、骨片の先端に移動する。これで、テントのシートがポールの先端まで持ちあげられ、広い内部空間ができる。(この作業を行う細胞が誰なのかは、まだ特定されていない。)
これで一応テントは完成し、快適な内部空間が生まれる。家族のためにテントを張りおえたお父さんなら、ここでビールを一杯となるところだが、カイメン工務店の作業員たちは休まないのである。新たに作られた骨片が、今度は、カイメンの体内を覆う上皮(ENCM 図2参照)の内面を移動してきて、既に立っているポールの先端近くで、上皮につきさされ、古いポールに継ぎ足される形で、さらなる内部空間の拡大が行われるのである。う〜〜ん、すごい!
カイメンの形態形成は生物進化の極致ではないだろうか?
まとめると、カイメン工務店の作業工程は、おおよそ以下の7つとなる。
1:骨片の製造
2:骨片の運搬
3:上皮への突き刺し
4:骨片の持ち上げ
5:骨片基部の固定
6:上皮がさらに持ちあがる
7:骨片を継ぎ足しながら2〜6を繰り返す。
(船山論文より)
いやもう、素晴らしい分業体制で、建築作業そのものだ。
これと、さっきの組み体操方式(図)を並べてみよう。
誰ですか、カイメンが下等な生物だなんて言ったのは。どう見ても、建築技術のレベルとしては、カイメンの方が高等生物です。ということで、今後、動物の系統樹は、このように描かないといけません。
下図のように、海綿には、カワカイメンやカイロウドウケツよりも、もっと変わった形をしたものもあり、この「工務店方式」の形づくりは、なかなか大したものなのだ。(どれもこれも、生物っぽく見えないところが、またおもしろい。)
と言うわけで、住宅展示場に行く皆さんは、お家を見る時に、ぜひ、生物の形づくりにも思いをはせてください。何か、新しい発見があるかもしれません。
もちろん、間違ってもセーラームーンの服装では行かないように!