研究プロジェクトⅠ

自己組織化のモデル系と成り得るカイメン骨片骨格の美しさと不思議

「自己組織化」は生物学と物理学における、様々なパターン形成過程です。即ち、自己組織化は発生現象を理解する上で最も重要な機構の一つです。自己組織化を考える上で最も重要な点は、「非常に複雑な構造も、局所的な情報に反応する細胞など個々の要素の驚くほどシンプルな振る舞いの繰り返しにより形成される」ということです。

これまで発生生物学における自己組織化は、細胞内小器官(核膜や小胞体など)を中心に研究されてきましたが、ごく最近になって上皮構造の組織化の研究、即ち組織レベルでの自己組織化の研究が進み始めています。では、個体レベルでの組織化についてはどうでしょうか?

私達はカイメンの骨片骨格形成が、個体レベルでの組織化を解明する非常に魅力的な系ではないかと考え、近年意欲的に取り組んでいます。
ドイツの科学者であり画家でもあったErnst Haeckelの下図の様な絵を見たことがありますか?これらは、深海性のガラスカイメン綱、石灰カイメン綱のいくつかの種類のカイメンの骨片骨格です。多細胞動物の中でも最も古くに進化し、単純と考えられがちなカイメンは、この様に建築学的にもすぐれた美しい種によって異なるパターンを形成出来る、即ち自己組織化出来るのです。
いったいどの様な機構で、カイメン骨片骨格は形成されるのか解明したい、

これが私達の究極の目的です。

では、骨片骨格とはどの様なものなのでしょうか? カイメンの体を支える骨片骨格は、骨片という、タンパク質性の繊維を芯にして形成される基本的にはケイ酸のパーツが組み上げられて形成されます。骨片の形には多種多様で、種によって決まっている複数種類の形の骨片を持ちます。非常に種類の多いカイメンは、この骨片の形状と種類から種の分類がされているほどです。この骨片の形態がどの様に制御され、どの様に多様性を生み出しているか?という点も非常に興味深い点です。


Funayama et al. 2005b

骨片は骨片形成細胞内の小胞の中で形成されることが知られていますが、骨片の芯を構成しているタンパク質として同定されているSilicatein(シリカテイン)遺伝子には多数のアイソタイプがあります。私達は、骨片の形成過程、または骨片の種類によって発現しているアイソタイプの組み合わせが異なることをすでに報告しています(Funayama et al 2005b, Morhi et al.2008)

私達の発見:骨片骨格はカイメンの体の中の大工さん細胞(骨片運搬細胞と名付けました)により、ダイナミックに運ばれ、立てられ、組み上げられている

私達の骨片骨格研究のきっかけになったのは、骨片にケイ酸と共に蛍光色素を沈着させることに成功し、骨片のライブイメージングに成功したことです。

それまで骨片骨格形成に関して分かっていた事は少なく、i)骨片は骨片形成細胞内で形成され、その後放出されること、ii)電子顕微鏡を用いた観察から1段目の骨片は骨片の周りの基底上皮細胞が分泌するコラーゲン性の細胞外マトリクスに埋められ支えられていること、iii)同じく電子顕微鏡像から、立てられた骨片、それに繋げられた骨片は全てコラーゲン性のマトリクスでコートされていていることのみでした。最もシンプルには、骨片は必要とされる位置附近で形成され立てられるのだろう、と予想出来る訳です。

しかし骨片のライブイメージ(タイムラプス動画)から、多数形成された骨片の中の一部の骨片が、非常にダイナミックに移動し立てられる、という予想外な事実が明らかになりました。
しかも、その立てられる位置は、規則性を感じさせるパターンを持っていました(下図)。

では、この様なダイナミックな骨片の動きを担う細胞はどれでしょうか? 骨片形成が完了した時に骨片形成細胞が骨片を含んだまま移動していって、骨片を放出し、それが立てられるのでしょうか? それとも特別な骨片の運び手細胞がいるのでしょうか? 答えは後者で、私達は骨片を運ぶ細胞(骨片運搬細胞)の存在を明らかにしました (論文作成中)。


刻々と成長するカイメンの体の中で、この骨片運搬細胞(大工さん)が、どこに骨片を立て、どの様に持ち上げ、どの様にして組み上げてゆくのか、とても不思議ではありませんか? 現在、側面からの骨片の動きのライブイメージングも工夫出来、その動画を見るたび、どうやって骨片骨格を組み上げられるのだろうと興味はつきません。

体内空間、物理量の関与の可能性

骨片骨格形成の解析を進めるうちに、この仕組みには、体内空間及び、骨片にかかる荷重や外からの水流といった物理量を常に関知して対応する機構が含まれているだろうと考えるようになりました。現在、この様な視点の解析も始めていて、生物物理や工学といった、分野の異なる研究者の方々とディスカッションや助力していただく機会が増え、視野が広がっています。

現在取り組み中の課題など

骨片骨格形成の最も基本的な仕組みの解明
骨片運搬細胞は、骨格の完成予想図を見て組み立てるのではなく、局所的なシグナルの重ね合わせで骨片骨格を形成している、正に、自己組織化である訳ですが、この形成機構の中に「シンプルな振る舞いの繰り返し」があるはずです。基本原理とも言うべきこのシンプルな振る舞いとは何か? これは最も重要な課題の一つであると考えています。
骨片を立てる位置の制御機構
骨片が立てられる時、骨片の一端を持ち上げる機構は何か
2段目以降の骨片が組み上げられるのは、どの様に決まり、制御されているか
外からの物理量(水流、基質の堅さ)などによる、骨片骨格を微調整の有無とその制御機構

骨片骨格のことを少し知ると、次々に疑問が湧いてきます!


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